夕焼けが始まる頃、私が利用者さんの見送りを終えるのを待ちわびる人物がいる。利用者のNさんだ。そして、彼の手元には1本の鉛筆が転がっている。

以前は見られなかった光景だ。

あの日、私はNさんの意志を確認した。

「バスの待ち時間に漢字の勉強をしているけど、家族の了解を得て漢字検定2級に挑戦できるとしたら、やってみたい?」

すると彼はゆっくりと口を開いた。

「そりゃあ・・・やってみたいけど」

 

控えめな「やる!」が実に彼らしく、同時に自らの意志が反映された言葉だと悟った。

単なる“暇つぶし”が“挑戦”に変わった瞬間だった。前施設長が掲げた「挑戦」という施設目標がNさんの心にも芽吹いていた。

そこから、Nさんと彼を取り巻く利用者さんに様々な変化が起こった。

まず本人は、こちらが声を掛けなくても自ら鉛筆を用意して待つようになった。

以前は私が用意を促していたのだが、やはり明確な目標は人を変える。

また、自らが本気になると周囲の人間をも変える。

ある日、休憩時に数人の利用者さんから声を掛けられた。彼らは同じことを口にしていた。

「良い物見つけたよ!」

作業場のプレハブに行くと私に見せてくれたのは、資源物の回収で入ってきた漢字検定の過去問だった。

皆が頑張る彼の背中を見ていたのだ。

そして、休憩時には筋トレや動画鑑賞と多趣味な利用者のJさんも、漢字の練習をしていた。

私は以前にブログ内で、良い影響は波紋のようにユートピアに広がると、半ば願いにも似たような発言をしたことを思い出した。

Nさんの“やる気”という波紋に呑まれた人物はこれで全てではなかった。

つい昨日のことである。同じくバスを待つ新利用者さんのIさんが、Nさんの問題用紙をのぞき込み、視線を上げた。

「俺もやってみたいです!」

そして今日、背中を丸めた陰が2つになった。

私はジョイフルで起きている化学変化を楽しみに支援を続けていく。

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コメント

負けず嫌いなNさんにとって、ライバルの登場がどう影響するかは見物です。
読み書きの凄さはもちろんの事、当初は苦手としていた意味の理解の点での成長が著しいですね。成長が感じられることは本人の努力はもちろんですが、支援する側も自信になりますよね。
答えが閃いた瞬間のしたり顔を、もっともっと見せて欲しいと思います。

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