今や骨董品とも言える炭かまきを燃料にしたせんべい焼き機で
キー、ガッチャンという音と共に1列4~5枚のせんべいが
次々と焼き上がる光景を目の当りにする事が出来た
南部藩御用達せんべいの証が型焼きされており八戸せんべい程固くはなく
三戸せんべい程柔らかくはない
塩加減は薄めで歯触り良く、そのままおつゆせんべいにしてもあんばいが良かった…と記憶する
特に私は“せんべいのみみ”が好きでよく買いに行ったがある時分から店主に
「せんべいのみみだけじゃなくせんべいも買わないとみみを売れない」と言われた
「え~?」と思いながら、せんべいも一緒に購入して帰り母に話すと
「そうだねぇ、せんべい1袋分じゃ、売れる程のみみは出ないからね」と
苦笑いする母
焼き上がったせんべいを丸く成型すると発生するのが“せんべいのみみ”だ
その地を離れ十数年後、通る道すがらそのせんべい店に寄ると
『せんべい3袋でせんべいのみみ1袋購入できます』と張り紙が…
まだB1グランプリも始まっておらず、せんべい汁も全国に知名度がない頃
南部せんべいは、衰退しつつあったのでした
その後、店は主人を失い休んでいたが息子が戻り跡を継いだと風の便りで知った
ネットで検索すると復活の為の苦労話が掲載されていたが、今はどうなっただろうか?
折爪岳を背景に馬淵川沿いに河岸段丘の地形を利用して民家が立ち並ぶ地帯である
あの眺望と製造の光景を活かしてレトロちっくな喫茶風せんべい店にすると良い気も…
さて、母は贈答や土産にわざわざ吹上のIせんべい店に足を運び
白せんべいやゴマせんべい、落花生、豆の他に
チョコ、ゴマ、くるみ、ジュネやチーズ(もあった?ような…)等の塗りせんべいをチョイス
お土産用の円筒型の缶に入れてもらい購入していた(当時はバラ売りも)
私の嫁ぎ先を訪れる時もせんべいの土産だった( ̄▽ ̄💧 八戸の古来の習慣とは言え…(;^_^A
「ひゃー、同じ八戸なんだからやめて~(;゚Д゚)💦」と当時の私は焦った((笑))
街中で生まれ育った母の一押しはI店のせんべい💛寄る年並で今は食べる事が出来ない…
因みに姑は「小中野の線路沿いのせんべい店が一番」と風を切り自転車をこいで通っていた
生まれも育ち嫁入りも地元でそこがソウルフードだったようだ(;^_^A
三戸せんべいに似て、軽焼きはマーガリン入りでサクサク
お年寄りでも食べられるぐらいのせんべいとせんべいのみみ、しっとりした柔らかいみみもあった、
線路が幹線道路に変わった後は…店が無い??気がする
ところで南部せんべいを一番南で確認出来たのは福島辺りの6号線沿いの小さな店だった
地震の影響でお店自体無いか、営業していないかもしれないが…
更に南下すると関東圏域でよく見かける餅を膨らませたおこし系のせんべいが主流だ
ユートピアでせんべいが出来たら是非、関東圏域でも販売して欲しいなと思っていたら…
あれれ?ブログで観る限り何やら形や風合いが違うかも…?焼く機械からして違う?
もし、私が想うようなせんべいがあるなら…
娘が東京の職場で南部せんべいの料理をレクチャーしたら意外性で好評だったとか
色んなレシピを添付して販売したら良いかもv^v^v…と想う(;^_^A
せんべいの天ぷらとかね( ̄▽ ̄😉 やったことが無い?いっぺん試してみてね^^意外とイケます💕















さすがせんべいレディーとでも言いましょうか、
つい、想い出しましたあそこの線路の所に、先輩の兄が夫婦でやってました
先輩と遊びに行った帰りにいつもそのせんべいを頂いて来たものでした
かなり前にそのせんべい屋さんはなくなりましたが、先輩もあの人達は何処に?。実は私もせんべいのてんぷらが好きで食べていますがせんべい汁の下火ともなれば次の出番かも知れませんね。
これからデビューするユートピアせんべいも捨てた者じゃないですぞ。
そこのせんべい店に私が直接行く事はなかったです。姑を車に乗せて親戚を回る際に「車止められないから待っていて」と言われ線路向かいに止めたと記憶してます。優しそうな奥さん?が外にでて姑を見送っていたのが印象的でした。
せんべいの天ぷらは私の母が良く作っていました。姑はその存在を知りませんでした。せんべい汁が衰退したら出番ですね。原宿辺りでおしゃれなペーパーを身にまとわせデビューさせましょう💛
ユートピアせんべい試食しました。捨てた者(^o^)じゃありませんね。伸びしろ十分、工夫次第では、もっと面白くなりそうデス^^