リオ・パラリンピックの話題が酒の席で論議された。その一つはテレビ放映がオリンピックと比べて極端に少ないと言うもの、あれは差別と言うのです。それに対し他の一人は、当たり前だあれは一般的な大会ではないから見る人が少ないから仕方ないと。
そもそもパラリンピックとは何かです、イギリスから始まったとされるそれは負傷した軍人に対し「手術よりリハビリを」と言う事でスポーツの勧めから始まったとされておりその大会がパラリンとなった言う訳です。
その大会が障害者社会、福祉、差別とかさまざまな見方で議論されて来たものと思われます。そ見方は国々よって認識の違いがあると思いますが障害者の祭典と見ると素直に受け入れられるのではないでしょうか。そこに競技者のもっと報われたいとか、関係者の利益が先行するとさまざまな利害関係から特殊なスポーツ大会になる様な気がします。
ハンディを乗り越えた努力とプライドをかけた戦いは見る人に感動を与え特に同じハンディを持った人達にやれば出来る事の大切さを語りかけているのではないでしょうか。この祭典に学ぶものは健常者と言えども弱い人がいる社会で生きる努力の為のエネルギーでしょう。障害者がプライドを失ったらその障害に負ける事になります。私たちの仕事は支援とされておりますが自立には本人のプライドがなければ成功しません。精神力はプライドでもありそれを育てる事で支援の効果が表れるのではないでしょうか。
パラリンピックはそんな大会と信じ応援したいと思います












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