今日は久しぶりの完全な休みで、朝から予定がありませんでした。
父から電話がかかってきて、「庭の芝刈りを手伝って欲しい。」と言われ、娘と息子を連れて実家へ。
ハンディータイプの芝刈り機の使い方を丁寧に息子に教える父。
腰が痛いと言いながらも教えてもらったとおりに芝を刈る息子。
竹ぼうきで刈った草を集めて、ごみの袋に入れる娘と私。
父は現場監督です。
暑い中での作業でしたが、父もきれいになった庭をみて満足気でした。
私も普段なかなか家のことが手伝えずにいたので、少し親孝行できた嬉しい気分に。
お昼になり、4人で娘の大好きなそばを食べに行きました。
以前、保護者さんとの昼食会で行ったことのある、寺下観音近くにあるちょっとおしゃれなお蕎麦屋さん。
娘や息子がおいしそうにそばを食べる姿をみて嬉しそうな表情の父。
にこにこしながら「芝刈りのバイト代。」と言ってこどもたちに小遣いをくれた父。
そばを食べ終わると、寺下観音を案内して、いろいろ知っていることを教えてくれた父。
中学生と高校生になり、孫と一緒の時間がなかなかとれなくなってしまったことを気にしながらも、
時間を作ってあげられなかったことを少し反省し、これからは少しでも時間を作る努力をしなければと思いました。
父は片耳がほとんど聞こえなくなり、時々声を掛けても気づかないことも・・・。
父の兄の体調が最近思わしくないことで、少し元気がないようにも見え・・・。
「父も年をとったなぁ。」とあらためて感じました。
あまり年をとらないうちに少しでも親孝行をしよう。
祖母が亡くなった時、何にもおばあちゃん孝行してあげることができなかった自分を反省したことを思い出し、
父と母には後悔しないようにしなければと思いました。
孫のことを案じ、私のことを案じ、いつもありがたいと思っていますがなかなか素直には言えないのが現状です・・・。
みなさんはどんな親孝行してますか?
元来、孝行したい時親はなし とか 墓に布団は着せられず とか親に対し後悔の想いの表現が多い、言い換えればどれ程孝行しても親の恩に報いる満足は得られない事でもある。どうだろう、親の心境としてそれ程の行為を望んでいるだろうか?。子が孫が幸せであれば満足ではないだろうか?静かに生きたい中に空間がありその空間を誰かにうめて欲しい時がある、それは安心できる子、孫であり何かに理由を付け呼び寄せたがる。この期待に応えれない事が最大の親不幸ではないだろうかと思う。連日の顔合わせは苦痛であるが必要な時の満足は双方の感情を維持出来るので、近すぎず、遠すぎずのお付き合い距離感がポイントでは、ともあれ親孝行を口に出せる様になった事は大人に(歳とった)なったのかな。