自由は人間の尊厳として当たり前となりその自由が個々の主張をも自由とし責任の無い自由が社会を混乱させている様に見える。特に相手を批判攻撃する自由は自分が見えなくなりこれまで築き上げた信頼を失う事もある。自由を求めたベルリンの壁はさまざまな問題を引き起こしていますがこれを見ても自由とは怖いものだと思います。誰にでも保障される自由であるがこの使い方を間違えれば大変な事になる。自分を含め誰一人完璧な人間はいないむしろ欠点の方が多いかも知れない、その欠点の中から優れたものを拾い集め認とめ合う事の大切さが「多様性の尊重」と言う事ではないだろうか。マラソンは孤独なスポーツ自分しか居ない中で自分と闘う精神力はややもすれば他人を見失ってしまう危険性があると有森裕子氏は言う、だから相手を受け入れる柔軟性とその多様性の尊重がなければならいと障害者スポーツに取り組む姿は私達の教訓に思う。お金の支払いで揉める裁判で裁判長の口からお金を支払い出来る人が払うべきだ司法を超えた和解勧告に仰天した事があったが今思えば正義だけでは平和は築けない事が。子供の頃「銀の燭台」と言う本を読んだその印象が今蘇って再び語りかけている様だ。












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