次の日曜日のイベントに向けて、おつまみせんべいやマグヌードルを作っています。
急いでいるため、普段は、スタッフがすることを利用者Yさんにも手伝ってもらいました。
先週は、おつまみせんべいをなんとなく型に合わせるように切ってもらいました。
後で、スタッフが、調整するつもりでいます。
今週は、袋詰め作業を頼みたいなと考えていたら、今日は体調が悪く、途中で中断になってしまいました。
利用者Yさんの体調が良い時に、できることを少しずつお願いしていきたいです。
次の日曜日のイベントに向けて、おつまみせんべいやマグヌードルを作っています。
急いでいるため、普段は、スタッフがすることを利用者Yさんにも手伝ってもらいました。
先週は、おつまみせんべいをなんとなく型に合わせるように切ってもらいました。
後で、スタッフが、調整するつもりでいます。
今週は、袋詰め作業を頼みたいなと考えていたら、今日は体調が悪く、途中で中断になってしまいました。
利用者Yさんの体調が良い時に、できることを少しずつお願いしていきたいです。
角田光代の小説の一文で【こどもは怖いもの、汚いものを見なくて済むように、周りの大人が隠してくれる。大人になるということは、どんなに嫌なものでも自分で見なくてはいけないということ】とありました。
何でもない一文ですが、あーそうだよねぇとなんとなく頭に残っていました。歳をとれば大人というわけではなく、じゃあいつから自分は大人になったろう?とふと考えてしまいました。
さて、利用者Fさんは朝は利用者Iさんと一緒にバスですが、帰りはお母さんがお迎えにみえます。
時折発作があるFさんの様子について毎日お母さんにお伝えするお迎えの時間ですが、先日から「帰りもバスで一人で帰る!」と自ら宣言し、実行に移しました。
バスの時間が近づくと、Sスタッフがすぐ目の前のバス停に移動するよう声をかけていますが、Fさんはなかなか動こうとしません。
「まだ来ないから」、「目の前だし」とグズグズと玄関から出ようとしません。
やっぱり一人だと寂しいのかな?
こちらも「そうしてるうちに置いていかれるよ❗️」、「余裕をもって動くの」など、手を換え人を換え声をかけながらバス停に促す毎日。
結局、こちらを振り返りながらバス停に向かいますが、そんなに寂しかったらまたお母さんに来てもらうよ!と最後の切り札を出すと、「大丈夫だもん❗️」と即答です。
何がきっかけなのかはわかりませんが、Fさんなりの成長の一つのステップなのでしょうか。
無事に帰ってくれるよう気を揉みながら、Sスタッフと送り出す策を考え見守る日々です。
今日の台風の余波はひどかったですね
最大瞬間風速 41,7m/s(観測史上一位だそうです)
十数年前、南類家で2階建てのプレハブが倒れていたのと同じぐらいひどい
さて、福祉の駅でもとんでもない影響が…
吹き荒れる嵐に耐えきれず、
なんと、まだ新しい大型テントが崩壊(倒壊?)してしまったのです
休憩時間に 利用者S木さん「あれ?上の骨組みが折れているよね?」
見ると荒れ狂う風にテントをなんとかしようとしているスタッフ
気のせいか天幕を支えている骨がさらにどんどん曲がってくる?(ように見えました)
「あれはもう、テントを取ってしまわないと危ないよね?」と言う利用者もいて
うん、うん、うなずかざるを得ない私(だって誰が見ても…)
そうこうしているうち、スタッフから利用者全員でテントを支えているではないか!
「えっ、無理、無理、絶対無理」と思っていたら ,
ついに解体が始まっていました。
容赦ない風にあらがうかの如く、片づけているスタッフ&利用者一同
私たちは生活介護の方たちがいるので持ち場を離れて手伝う事は出来なかったけど
みんなの無事を祈りながら、遠目で解体や片づけの様子をうかがいました。
そこに携わった職員や利用者はお昼ご飯食べたの?
15時前、今日は病み上がりで出勤してきたSさん
疲れ切ってヘロヘロの青い顔で「今日はもう帰ります」と言ってきました。
彼は、それこそ、いつもはテレビの前でご飯を食べる方なのですが
食べる姿を見ていません。お昼休み取れたのかな?
「お疲れさま。気を付けて帰ってね」と
彼の尋常じゃない姿に自然とそのような言葉で送り出しました。
何よりもみんな無事でよかった。
そして休憩時間返上で頑張った皆さんお疲れ様
今夜はゆっくり眠ってまた明日(^^)G
豊作のジャガイモの選別作業は男共のやかましい話声の殿堂。一人の言葉足らずの利用者に集中する投げ言葉。これに必死に反発する彼の表情には敵意が見えるがそれが面白く普段彼に優しい味方の筈の別な彼もこれに加わりはやし立てる。明らかに客観的にはイジメであろう、しかし彼等の世界でイジメの意識は無く同僚としての仲間意識で罪の無いからかいであろうと思うがこれを何と表現するんだろうと考えていたら何んかの本で読んだイジリと言うのを想い出した。それは女性たちが水辺で洗い物する為に集まる普通の生活の中での会話で新婚の女性をからかう罪の無い話題で江戸端会議と言うかもしれないがターゲットなった人は被害者意識があるとイジメであるがむしろその話題のヒーローと言う事であれば負担にならず仲間同士のイジリと言う事だと言う。しかし、ここからが大事である度を越すイジリを制す人の存在である。やかましい、止めろと言ったら心臓が止まった見たいに静粛となったがイジリにあった彼は変化は見られなかったが作業に夢中になっている担当スタッフはさほど興味は感じない様であった。