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農福連携

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後継者と人材不足で農業離れが深刻化する。一方では就労を目指す障害者の作業不足と企業の受け入れ難が続く中でこのマッチングにより双方の問題解決が期待される制度農業と福祉のコラボである「農福」事業が当法人ユートピアに県行政より窓口業務と企画運営の強い依頼がありました。当法人もささやかな農事を利用者の作業として運営している事で不規則な収入に改善を迫られていました。思想としても日本の食料自給率に少しでも貢献出来たらと言う思いでこれを受けスタートし現在に至っています。しかしそのプロセスは簡単なものでは無く農業界の実情に乏しい私達には理解を超える出来事が多く苦労と苦労の連続の中にひたすら前に進む事をこれまでの成功例から学んで来た事もありその自信はここでは通用する事無く現状を維持するに留まっています。これには農業社会と福祉事業所の表に見えづらい孤立した体質がある様に思います。どちらかと言えば私達福祉の側が変わる方がこの事業の発展に近づくのではと思える様になりました。その為には企業認識と利用者一人一人の挑戦意欲を育てる情熱を持ったプロが求められるでしょう。

 

 

 

 

天高く馬肥ゆる秋、空を見れば雲が高いところにあり秋の空です。温度計を見ると

30℃超え、いったい地球はどうなっているのだろうか!?

台風は今がシーズン、また発生しています、大きな被害が出ないことを祈るのみです。

 

 

今週、約5年ぶりに高校の同級生から電話がかかってきました。

5年前というとコロナ禍の前、卒業以来4年に1度、オリンピックイヤーに行われて

いる「クラス会」が横浜駅東口のスカイビルで開かれて以来です。

来年同窓会があると言われたので、思わず「古希」の祝いの同窓会か?と聞くと

そうだとの答え。

もうそんなお年頃になったのかと・・・!!

 

10月に幹事が集まり詳細が決まるとのこと、来年6月ごろの開催予定のようだ。

その前に、クラス会も年内には開きたいとのこと、コロナで中断していたが、

今年はパリでオリンピックが開かれたオリンピックイヤーでした。

久しぶりに聞く同級生の声、卒業して51年、46人が卒業して既に2人が天国に

引っ越している。これから先悲しいニュースも増えていくのだろう。

ちなみに恩師は齢80過ぎくらいかと思う。

まだまだ元気に参加してくださる。

卒業時にはクラス会は全員が来ないと参加しないと息巻いていた。

それでも毎回30人以上が参加する。恩師が嬉しそうに参加してくれる。

「おい、m、遠く八戸から来てくれてありがとう。」と、前回も言われた。

在校中は、恩師はまだ教員になって10年くらいの若い体育教師、

とても厳しい指導を受けた。

体育教師でスキーの資格を色々と持っておられ、冬季スポーツには関心が高かった。

ちょうど3年生の時に札幌で冬季オリンピックが開催された。

今の若い人は聞いたことがあるだろうか?「日の丸飛行隊」というスキージャンプの

金、銀、銅メダル独占を!

その時リアルタイムで、先生の特別な配慮で視聴覚教室で特別授業として、

スキージャンプをテレビで見れたのは忘れられない。

案内が来たら、クラス会も、同窓会もぜひ出席しようと思います。

 

さて、70歳になるが、古希(昔は古稀と書いた)という。

その意味・由来を調べてみた。(以下インターネットから引用)

古希(古稀)の由来は、唐代の詩人・杜甫(とほ)がよんだ七言律詩

『曲江(きょくこう)』にあります。その詩の一節には「人生七十古来稀

(じんせいしちじゅうこらいまれなり)」とあり、「人生を70歳まで生きるのは

非常に稀(まれ)なこと」という意味です。

「稀」が常用漢字ではないため、現在は「古希」と書くのが一般的です。

今でこそ「人生百年時代に向けて」と、100歳まで寿命が伸びる可能性が視野に

入っていますが、例えば第二次世界大戦から2年後の1947年(昭和22)の

日本の平均寿命は、男性で50.06歳、女性で53.96歳です。

ましてや唐の時代(618~907年)の中国においても、70歳を迎えるのは

本当に滅多にないことだったでしょう。(ここまでインターネットの引用)

 

そして、古希以外にも年齢の節目には次のような呼び方があるので紹介します。

60歳=還暦、66歳=緑寿、70歳=古希、77歳=喜寿、80歳=傘寿

88歳=米寿、90歳=卒寿、99歳=白寿、100歳=百寿

108歳=茶寿、111歳=皇寿、120歳=大還暦

由来など調べてみてはいかがでしょう。

 

まだ、暑い日があります。熱中症対策をしっかりとしましょう。

こんにちは。里帰り娘です。

先日、八戸市公会堂で行われた「LE VELVETS(ル ヴェルヴェッツ)」のコンサートに行ってきました。
ご存じない方も多いと思いますが、音楽大学声楽科出身の日本人男性4人で構成されたボーカルグループです。
クラシック、オペラの定番曲から、ミュージカル、ポップス、日本の昭和歌謡まで、幅広いジャンルの歌が素晴らしいハーモニーで次々と奏でられ、最後には会場全体、観客を巻き込んで盛り上がる演出もあり、久々に楽しいコンサートでした。

メンバーのみなさんは30~40代とお若いのですが、メンバーのお一人が3年前に脳梗塞を発症、辛い病気療養を経て、2年前に活動復帰、今もリハビリに励みながら活動をしていること、そして、この9月末をもって脱退し、更にリハビリに専念することがコンサートの中で紹介されました。
当時は右半身麻痺で声の出し方すら忘れてしまった状態だったそうですが、そんなことを全く思わせないような素晴らしい歌声なのです♪
その方がおっしゃったことが、とても印象的でした。

同じ病気で苦しんでいる方や、その方を支えている周りの方々にも、ここまで回復した自分の姿を見てもらいたい。長く時間はかかるかもしれないが、諦めずに続ければ希望も見える。周りで支える立場の人も、焦らずに長い目で見て支えてほしい…およそそのような内容でした。

病気や障害も、状態が一進一退の時があります。がんばって、できることがひとつずつ増えていく、そのスピードも人それぞれ、努力の仕方もそれぞれ。
素晴らしい歌声と、お話を聞きながら、私も、焦らずに長い目で、利用者のみなさんの日々の小さい変化や成長を、そばでしっかり見守っていきたいなと思いました。

 

 

6月半ば、南ヶ丘の短期入所の部屋が空いたその日、緊急に受け入れが必要となりグループホーム南ヶ丘で体験入居をする事になったSさん。

「父母が亡くなり、南ヶ丘で1人で過ごすようになり、85日が経過しました」と、先日一緒に外出をした際に話していました。

Sさんは、養護学校卒業後から当法人で約30年仕事をしてきた方ですが、生活面でどこまでやれるのか手探り状態での受け入れでした。体験入居といえども、洗濯や掃除などなどやらなくてはならない事があり、いつかはグループホームで生活をするという事を視野に入れ、やれる事が増えるよう少しずつ取り組んでもらっています。

例えば、火曜日、金曜日は洗濯の日。私が洗い場へ行っている間に、干してある洗濯物をたたんでもらうようにしています。時にたたむのを忘れる事もありますが、そんな時でも「大丈夫、今からお願〜い」と頼むと、「オーケー、任せて」とたたんでくれます。たたみがクリアできたら、次はテーブル拭きやテレビの埃とりなど取り組みたい事がたくさんありますが、少しずつやっていこうと思っています。

85日前、Sさんを取り巻く環境がガラリと変わり、どうして自分だけこんな悲しい思いをしなくてはならないんだと話していたSさん。やりたい事がやれなくなり不安だったりイライラする事もあるようですが、周囲の人に様々教えてもらいながら、これからも頑張っていけそうです。

こんにちはkoronです
先週、10年くらいぶりに88歳の母と舘鼻岸壁朝市に行ってきました。
塩手羽は相変わらず大行列。薄暗い朝から大賑わいで、以前と全然
変わっていない状況にとても驚きました。売り手と買い手の声が
マッチしてバックグラウンドミュージックが無くてもいい心地
でした。7月、8月のお祭りに出店で利用者さんと一緒に声かけして
食品を売ったことが思い出され、売り手の事が気になり、ついつい
買いすぎてしまいました。前日あまり眠れなかった事もあり早起きの
母親に声を掛けたら即朝市に行くことが決まり準備せず出発しました。
嫁は全く興味なし。到着し空を見上げると朝焼け近くでしたが前日の
悩みのような、モヤモヤした感じは全くクリアされ来てよかったと
思いました。親孝行もできたし。
次は塩手羽を買って帰ろう。

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