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管理者という立場から、年に2回全ての職員との個人面談を行う。
毎回、どう話をしたら次回話をするときまでには、職員の資質が上がるのか
問題点を解決できるのか考える。
今回は本人の思いをまず引き出し、問題点を気付かせることに重点を置いた。
今期がんばったこと、改善すべき問題点を挙げてもらい、そのことについて討論した。
こちらが問題だと指摘すると、ピンときていない職員、ふてくされる職員、
評価している点を話すと照れくさそうにする職員、自分の思いを話しながら何かに
気付いたように自分の思いを整理し始める職員。
長くて1時間以上話した職員もいた。福祉という職場で、本当は何がしたかったのか。
この仕事にやりがいはあるのか、思い描いていた職員像と現実の違いに悩んでいる者も
いた。私が気付いたことは、思いを伝えること、変化を感じること、悩んで考えること、
そして大切な本質に気付くこと。とても時間のかかる作業ではあるが、これが大切なのだ。
部下に話をする立場の私は、きっと部下の3倍も4倍も仕事をしなければならないと思う。
そして職員や利用者さんへ対しても感謝と労い、励ましの気持ちを忘れてはならない。
そして、その裏には、厳しい指摘や揺るがない意志を持ち続けることが必要だ。
我が子がいる施設が、評判が下がっては悲しいでしょう。とある保護者さんに言われた一言。
この一言は、この上なく心に刺さった。この責任を取るのなら、職員を育てるしかない。
昨日、ジョイフルで担当利用者のTさんが、
突然「おめでとう」の手話を見せてきました。
「なんのこと?」と聞くと、文字盤で「誕生日」
と伝えてきました。
惜しいことに、わたしの誕生日は今日。なので
「誕生日は明日だよ。でも覚えていてくれたんだ。
ありがとう。嬉しいよ」と言うと、Tさんは
「惜しい!悔しい!」と意思表示をしていました。
今日、リヴェールの利用者Kさんが、わたしに
何かごもごもと喋ってきました。「何?」と
聞き返しても「なんでもない」と言い・・
近くにいたSさんが「誕生日おめでとうだって」と
通訳してくれました。
TさんにもKさんにも、軽く誕生日の話をしたことは
ありましたが、誕生日アピールをしたわけでも
ないのに、何気ない会話を覚えていてくれたのが
嬉しかったです。利用者さんと関わる時間は、
去年よりガクッと減りましたが、
わたしも利用者さんの誕生日を覚えて、「おめでとう」
と言おうと思いました。
今日から25歳。もう20代前半ではないのは
とても嫌ですが・・・わたしはまだ、シュシュや
リボンを頭につけて活動しますよ。(‐ω‐)
知り合いから施設での草刈依頼を受け早朝に現地確認に出向いた、その現地とやらは何年も放置された畑後で正にジャングルである。話は定年を向え何十年ぶりに再び畑を耕したいと言うものしかし、あまりの荒廃ぶりに躊躇していたら、山間から朝日がのぞき、周りにうっすらと掛った霞、つかの間見とれて居たが、やがて 何処かで見た光景に想いをはせ これは「曙」?何十年前に岩手山の頂上で出くわした光景が蘇った。それはこの畑が現役の頃かも知れないと思うと因果な関係を感じながら帰途に・・・途中GHポケットに寄って見た「おはよう」と戸を開けたら、世話人さん「どうしたんですか、こんなに早く」、奥からNさん「何しに来たっけ」とニヤニヤ。Kさん何やってんのと声を掛けたら「今テレビ見でらー」と私の来訪に興味が無い様だ。台所から社交性のあるSさん「あら、早いわねコーヒー入れるわ」と相変わらず機嫌がいい。Yさん見えないネ、との問いに 世話人さん「例によって着替えに手間取っているのよ」と言いながらYさんを何回か呼んでいたら階下に降りて来た、まだパジャマのままだ。「ご飯食べた」と聴くと、首を横にふっているがどうもその目は居る筈の無い人が居るのに不審感がある様だ。束の間、準備の整った順に「行ってきまーす」と明るい声が響く ・・・・その声に平和とやすらぎを感じずには居られない。多忙なひと時の光景はこうして今日暮れた











